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【アラベスク】  第7章 雲隠れ (後編)



第2節 百考千思 [10]




 視線を上げ、まっすぐに瑠駆真を見つめて答える。
「鍵はもともと一つしかございません。美鶴さんに管理をお願いする時、スペアを一つ作りました。それ以外にはございません」
「鍵は、今ここにありますか?」
「今ここ… と言うか、屋敷の中にはあります。先ほど確認してまいりました。紛失はしておりません」
「つまり」
 慎二は口元に指を添える。
「木崎が開けていないのなら、開けたのは美鶴さん、ということになりますね」
 考え込むように涼しげな目元。唇に添える細く(しと)やかな指先。その仕草に、聡はチッと舌を打つ。
 嫉妬が生み出す猜疑心。
 鍵があるからってのは、理由にはならないんじゃねぇのか?
 霞流がこっそり持ち出して、駅舎に行って鍵開けて、何食わぬ顔で鍵を戻したとも考えられる。
 何の目的で?
 知らねぇよっ!
 だいたいこんな胡散(うさん)臭いヤツの考えてるコトなんて、いちいち理解できるかよっ!
 この キザヤローっ!
 だが美鶴は、聡がキザだと(けな)すたび、その言動を(たしな)める。
 美鶴、お前―――
 焦りと憤りが競りあがる。
 考えたくない。
「美鶴さんが鍵を開けて、そのまま立ち去られたのでは?」
「ふざけるなっ!」
 再び机を叩きあげ、今度こそ立ち上がって前へ乗り出す。
「美鶴はそんな無責任なヤツじゃねーよっ!」
「別に、無責任だと申しているわけではありません」
「おんなじコトだろーがっ」
「聡、やめろ」
 だが聡は、もう瑠駆真には止められない。
「美鶴が、鍵あけっぱなしでどっか行っちまうワケねーだろっ」
「もちろん、美鶴さんがそのような方だとは思っておりません」
「どうだかっ」
 聡の言葉にも、慎二は顔色一つ変えない。腹を立てることもせず、不機嫌な表情も見せない。
 実際、慎二は腹など立ててはいない。
 むしろ、楽しんでいる。
 若いな。
 たかが女一人のために、ここまでムキになるコトもなかろう。
 嘲ると共に、だかどこかで納得もする。
 あの少女には、やはりそれだけの魅力があるのか?

 俺をも、満足させてくれるのか? 大迫美鶴。

 だがもちろん、そんな心内など露ほども見せない。披露するのは、豪邸の貴公子として相応しい態度。
「ただ、たとえば急な用事で駅舎を離れなくてはならなくなったとか」
「急な用事? 何だよ、それ?」
「それは私にもわかりません。例えば、お友達に呼ばれたとか」
「美鶴にそんな友達―――」
 そこまで言って、聡は視線を落した。
 言いたくはないが、今の美鶴に親しい友達はいない。
 だが、美鶴を毛嫌いする輩はいくらでも存在する。そんなヤツらに無理矢理呼び出し喰らって、どっかで暴行受けてるとか?







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